昭和44年2月28日 朝の御理解  【入力者:岡村和一郎】


御理解第17節「神の綱は切れたというが、神は切らん。氏子から切るな」


 「神の綱は切れたというが、神は切らん。氏子から切るな」。今日のお願いをさしてもらいます。もう一生懸命お願いをさして頂いたんですけれども、えー(?)の思いが成就しない。もう、ね、まあいわば、神も仏もないものかと思われるような時、ね、もう神様からも見捨てられたと、まあ光のどん底になる。
 そういうところから、信心をやめていく人すらたくさんあるんです。そういう時に、神の綱が切れたと、こう言うんですけれども、実際は切れたのではない、そこからの信心が頂けるところにです、そこからのおかげを受けられるのが信心だ。ね。
 そこで、確かに「氏子から切るな」とこうおっしゃられる。どのような場合でも、神様から手を離されたのじゃあない、こっちが離さんようにしとかにゃならんということを、特に(?)教えてもらえるとこう思うのですけれども。
 うーん、えー、ところをですね、なら、あー信心をやめずともです、やはり、うーん、神の綱が切れたという、おかげが受けられなかったと、としてそれを、おーん、んーん、神様のご都合だというふうにだけ受けるということは、もうすでに、神の綱が切れたという感じがしますね。

 そのことを、を通してですね、そのことを通して、えーへー、おかげが受けきらじゃったとこう。それでまあ、(?)信心をやめるわけじゃないけれども、おかげが受けられじゃったことをですね、ただ神様のご都合と、まあ安易に思う、というような生き方は、もう神の綱を切ったような感じが致します。
 ですから私、今日、(これここのひとところを?)ある意味合いでは厳しく、または、あー、平易に、いわゆる厳しい話、厳しくない話というような、あー、まあいわば気持ちでさして頂きたいと思う。

 昨日、おー、吉井の熊谷さんがお参りをして見えて、まあいろいろとお届けがありました後に、えー、だいたい、元甘木の教会でご縁を頂かれた方ですから、ぅあー、甘木の親先生の話を、(いろいろor昨日?)お届けをされる中に話しておられました。
 あー、ある信者じゃが、まあたいへんな、いうなら難儀をお取次願ったんですね。で一生懸命信心したんです。ところが、あのー成就しなかったんです。これはまあ、成就しなかったと、もう問題ということよりも、あのーおー、これは命の問題ですねえ。病気のお願いをなさったんですね。一生懸命お願いをした。
 ところが、養生の甲斐もなく、信心の甲斐もなく、亡くなられたわけですね。そん時に、その、おー初代のお取次頂かれて、これほどの、ま、いわば信心をさして頂いてからのことでございますから、神様のご都合と思いますというて、お届けをされた時にね、甘木の先生がおっしゃったそうです。「いっぺんでも裸になって願うたことがあるか」とおっしゃったそうです。
 「いっぺんでも裸になって願うたことがあるか」。ね。もうたいへんな厳しいお話ですね。それで、神様のご都合、神様のご都合というような頂き方は、安易じゃと。ね。
(咳。しばし沈黙)

 昨日私は、うーん、うーん、(?)の岩崎さんが迎えにいってくれとったから、歯医者に、昨日からやらして頂いたんです。久留米の大和さんの兄さんである秋山さんが、えー、(だいこうやすい?)中で(?)、たいへんまあ、名人の歯医者がおられるというので、そちらに話して頂いたんです。わざわざ向こうで、もうとにかくーうー、もうかかり手が多いですから、朝から行っても、昼過ぎにしか帰られんっていうことに(込んどる?)。今度だから番号を取っとかにゃいかん。
 それで、秋山さんの奥さんが番号を取りに行っておってくださった。それでもう私は、あちあらに参りましたから、もう行ってからすぐ、ま、(今日は?)早いことがでけたんですけれども。
 私はだいたい臆病ですからね、えー、歯医者に、いー、怖いんですよね。それで、神様に行きがけのお願いをさして頂いた。それでそのー、うーん、私がその、まあ不安というか怖い気持ちで、えー、(?)頂きましたらね、紫風ということ(で?)。紫風というのは、あのー紫の風と。
 ですから、これはまあここで紫とは安心とおっしゃるのですから、紫の風と、いわゆる無常の風というものではなくて、エヘ(小笑い)、例えば、それで死ぬようなことはないと、おかげを受けられると、まあ安心して行けというふうに、まあ、感じたわけです。

 とことが、えー、やら、あの、やらして頂きましたら、もうずーっとあの、んー、(?)、ああ(?)だなあと思うて行きよっと、もう、その(すい?)、もうそこへ(?)ばっかり(私はある?)わけですよね。もうそれがもう(?)、もう向こうに着くまで、なんかやっぱ私は、でもそれがぜんぶそうなんです。
 そんなことでも、私どもは神経を使うわけでございますけれどもね。これ(神の?)機感にかなわんのじゃなかろうか。まあいうなら、赤信号ということは危険ということでしょうが、危険が伴うのじゃなかろうか。
 (ここまで?)向こうに行って取ってもらっとった番号が9番っていう(笑)、九(く)の字のつく、その番号です。まあいよいよ神経を、まあ使うわけですねえ。まあおかげでその無事に、まあ2本だけの(おかげ?)頂いて帰ってまいりましたが、もう一日気分が悪かった。もうこれが、私何回も行ったけど、初めてそのーしびれるということを、もうこれ(?)から、こう唇がぜんぶしびれてしまうんです。初めてでした。ね。

 例えばあの、そういうような場合ですね、私どもが日々信心のけいこをさせて頂いて、その信心のギリギリの、おー、もの、信心は、いわゆる宗教は、何を私どもに教え、何を、をー与えようとしているのか。コンニャクじゃないということ。ね。
 (?)信心の、私ギリギリのものはね、私どもが、あの世へ行く時に持って行けれるもの。まあいうならば、私どもがお国替えの寸前にでもです、「神様有り難うございました」(※実感的に)とお礼の言えれる心。いうならば、安心して行けれる心。
 ね、そういう、いわゆる死生観というようなものが定まる。これが人間の一番重大事でもあると同時に、その重大事に直面した時に、私どもが「死にともない、死にともない」というようなものではなくてです、ほんとに安らかに大往生のでけれる、「長い間、神様有り難うございました」とこの世でのお礼が言えれるような心。

 そういうような、私はあの、例えばここに紫風という、その、紫の風ですけども、その紫風というのを、死ぬるの死という字を書いて、死に風と書いてもいい。ね。その、いわば、死ぬ、その死風が吹いてきてもです、無常の風は、は時を嫌わん、いつどんな時に吹いてきてもです、有り難うございますと言えれる心。
 そこんところの安定というかね、心の、まあ安らぎというようなものが、信心によって頂けれるということが、私は本当は、神の願いだとこう思うですね。
 だから、そういうたいへんなことを分からして頂くために、やはりご利益が伴なわないと、ね、人間が付いて来ない。ほんとのことが分からないから。ね。そういう心になれば、こういう心になれば、またはおかげが受けられる。ね。
 和らぎ喜ぶ心、ね、有り難いと思う心、真に有り難い、そういう真に有り難いとか和らぐというような心がです、実意丁寧神信心、それを様々にお説きになり、様々に教えて頂いて、そのことを私どもが日常生活に(なら?)現していくとです、不思議に心が安らいでくる、不思議に心が喜びで満ちてくる。その喜びに満ち溢れたその心が、おかげの受け、ご利益の受け物なんです。ね。

 ですから、そういうことになることに一生懸命精進する、努める。そうしていくうちにです、こういう安らぎの心、喜びの心を持って行くならば、こりゃあの世行きも、これは、その、怖いことではないんだぞと。
 どうせいっぺんは、お国替えのおかげを頂かねばならん、そういう時でも、この調子でいけば、死に際にもお礼が言えるような心も開けてくるかもしれんというようにです、そういう楽しみを持たせるところに、私、信心があると思うんです。ね。
 だから、ご利益が目的じゃない。だから、私どもがやっぱり、そういう、うー、観点に立ったところの信心、そういう、うー、おかげを頂いていかなければならん。

 昨日は、えー、敬親会でございました。えー、まあほんとに熱心な、あ、お年寄りばっかり皆さん集まって、おかげを蒙られました。昨日は、その、合楽食堂のおばあちゃんが88の、おー、いわゆる(ひゃくひきちね?)、えー、の、あのお礼お届けがあって、もう家でお祝いなどせずに、もう神様に88年間の御礼を申して頂く。
 同時に、昨日は誕生日でもありましたらしい。それで、えー、昨日、敬親会に合わせてね、おばあちゃんの誕生の祝いと、それから88のお祝いを、心ばかりではありますけど、皆でお祝いを、をーさせて頂いた。
 で、私(?)、「皆さんがね88になられた時には、皆こんな(こんな役にして御用?)させて頂きましょう」。はあ、自分はなら何年長生きのおかげを頂かなければ、これは88にはなれんなというて、そりゃたいへん賑やかなおかげを頂いたんですけれどもね。 その中で、私も一緒に加わって様々にいろいろ、(?)ま、角度から、まあそれこそ見やすい話、厳しい話、やはりお年寄りにでも、その厳しい話がなかにゃいけん。その厳しい話といやー、やはり死ぬる時のことだと、私は思うわけです。
 それはまあおもしろおかしゅう、まあ話をしていくうちに、まあ皆さんもたいへんおかげを受けてこられ、くださった。私こういうことを皆さんに質問したんです。で一人ひとり答えてくださった。
 ね、この頃テレビかなんかで、漫才なんかを聞いておりますとね、よくその、いう、昔はあんなことなんかは、もう言う(も思わなかった?)けど、最近に平家でそれを、言うようなことがある。あー、若い人達があの、結婚をする。ならですね、えー、「カー付き、家付き、ババア抜き」という言葉がある。
 最近では、その、おー、「カー付き」、いー「家付き」、いー「ジジイ抜き」ということになってるそうです、ね。ババアはね、ババアはその、子守りぐらいするから、もうババアおったっちゃあ、もう(ばさらかい?)以上じゃならんといい、いうふうにその、言うようなことを、皆さん聞かれたね?「はああ、聞きますよ。もうテレビで言いよるつば、よー聞きます」というわけですね、皆がね。
 そればそん、「ジジイ抜き」ちゅうことを初めて聞いたげなたい(笑)。ババア抜きだけ。ババアは子守りなっとんするけんで、もうよかばってん、もうジジイはなーにもならんというわけなんです。ね。
 けど、そういうようなね、ほんとに年を取って、そういうことを聞くことは、あ、ほんとにさみしいことだろうと思うんです。ところがさすがに、すいません、信心を頂いておられる。なるほどお年寄りの信心がどんどん進んでいきよんなあと思いましたです。

 まあだいたいですね、まあ様々な答えが出ましたけれども、結論してですね、そういうことを聞く時に、こりゃいよっいよ(※強調)若い者に好かれる年寄りにならなきゃならないということだった。
 私は驚きました、そういう答えが出てきた時に。聞きますって。けど、そん時やっぱ、不愉快な気持ちもするけれども、よくよく考えてみると、こりゃいよいよ、根性どんばっかり悪う育ったらでけん、曲がり根性どん(ばっかり育っちゃ?)ならんと。ね。「いよいよ若い者に愛される、若い者に好かれる年寄りにならなきゃならんなあ、と思います」ということであった。
(沈黙)
 そこで、んなら年寄りに愛されるという心は、ならどういうようなことかと。ね。年寄りに、例えば、年寄りが若い者の好かれるためにです、ご機嫌を取ったり、ね、おべっかを使ったり、反対に、年寄りが、ね、若い者にきれいな言葉を使うて、「ああ、かあちゃま、かあちゃま」。ね。
 お世話にならなんから、機嫌取らんならんようなことで好かれるようなこと(でも?)、努めてはならないということ。年寄りでできるもの。ね、それは、こういうことだ、ああいうことだ、また、思い方の中には、こういう信心をもってというような、ま、お話をさせて頂いた。

 (だからどん?)機嫌取ってから大事にしてもらうようなことではつまらん。うちのおばあちゃんを大事にしなければおられない、うちのおじいちゃんを大事にしなければおられんない。そういう内容を、一つ育てていかなければいけない。
 というて、私、これも熊谷さんが、あー昨日、お届けの中にあった、あーここ2、3日お届けされることの中のことを、少しお話ししたんです。最近、熊谷さんの、おー、お付き合いの中で、80ぐらいのお婆さんが亡くなられた。それは、あー独り者のお婆ちゃんですね。
 もうたいへんな財産家なんですよね。もうそれこそ、始末の(しじん?)、それこそ、山を買い、または株を買い、高利貸しをする、しても、金はどれだけあるか分からんちいう。それが不思議にその、おー、人とあんまりお付き合いがないらしんですけれども、熊谷さんのところには、いろいろその相談に見えたり、されるそうです。
 ねぇ、そのおばちゃんが(まあてもー?)、それこそ撃ち殺したっちゃ死なんごと元気じゃった。それがちょっと2、3日患われてから亡くなられた。それがね、そのー亡くなられた原因が栄養失調だった。はっーっはっぁーー(笑)。
 それから、その、亡くなられる時にはですね、お医者さんにすがって言われたことはね、お金はもうどがっしこでん出しますけん、命と替えてくれちゅうことやった。ね。そん時にはもう遅かですよね。
 そのことのお兄さんになる方が、80いくつになる方が、いわゆるお爺さんですね、ですから。お爺さんが具合が悪いからっちゅうので、その、見に来てあったとです。もうあのへんにはその、まあ10円の(糖?)と20円の(糖?)があるらしいんですよね。そのーお爺ちゃんがそのー、20円の(糖?)ば買って来なさっとる。まったく(二人?)ともーって、20円の(糖?)を買うて来たというて、もう3日後には亡くならにゃんお婆さんが、やかましい言うて怒りなさった、というてまあ、お通夜の時にですね、そういう妹でした、と言うてその、お爺ちゃんが話されたということです。

 銀行からだけでも何十人の、おーあの、おー(のべがき?)の時には(見えとった?)という、銀行関係(から?)(笑)、たくさん金が預けてあるのです(から?)。そのお婆ちゃんがね、亡くなられた時に、2、3日前に亡くなられた朝、お届けがあっとたんです。亡くなられた。
 ちょうど土居の共励会の、おーですから26日の朝でした。それで私は、あのー、(ずーっと聞かせて?)頂いた。それに風邪(はよう?)悪かったから、もう土居の方達が帰って来る前に休んどったんです。
 それでもう、11時半、(?)12時回ったでしょうか、時に、いー私、そのお婆ちゃんのことをいろいろ、(?)亡くなられたそのお婆ちゃんのことをいろいろ考えよったんです。ほんとに(あの?)、お互いそれはというより、昨日敬親会の人達に言うんですよ。
 こりゃもう、若い者でも年寄りでもない、やはりお道の信心は、死ぬる、(よりはorいよいよ?)「生きる用意をしろ」とおっしゃるくらいだけれどもです、んなら私どもがやっぱり一度は死ななきゃならんのじゃけん、死ぬる時のことを考えて(みていけん?)、死んだ先のこともやはり一度は考えてみなきゃいけませんよ。ね。
 これは、あのーおー、それを忌み嫌うことじゃない、ほんとに、本気で信心で考えなければならない大事なことなんです。

 そこでね、私はその例えば、お婆さんがし、生きとる間は人間が、こりゃ信心があっても同じことですけれども、欲なものですから、なかなか(外しゃ?)きらんわけです。ね、生きとる間は。だからせめてですね、自分が死んだらこの財産はどうなるかと、一遍考えてみきゃいけない。
 子供が孫がまあおれば、まだよいけれども、ならおったところでです、その財産で、子が孫がこの財産で潤うか。かえって、こ、これによっておかげを頂くことになるのか。かえっておかげを落とすようなことになりはしないか、一遍検討しなければいけん。
 そのお婆ちゃんにはね、そのおいごさんがおられましてね、おいごさんに、このぜんぶ、うーあー相続されることになるそうですけれども。そのおいごさんが例えば見えてもですね、まりきり自分方の、そのーおー財産を横領に来たように言われる時から、(?)しかなかったそうですから。ね。
 (それで?)その、おー、財産、んー家の、そのお婆ちゃんがですねぇ、あのー私は信心さして頂く者の、これは一つの責任だと思いますがね、そういう人達にね、その心安し人があるなら、話してから、一遍ね、私達がほんに死んだ先のことも、考えてみなければならないことを、話ぐらいしとかにゃいけんと思います。
 ね、例えば、熊谷さんが、そのーお婆ちゃんにです、あなたたくさんな財産こうやって持っとんなさるが、死んでいく時にお金だけ入れていくわけにはいかんが、後のことは考えとんなさるですか。
 なかなか生きっとる間が、どうしても、やはり(意?)欲があるから、放しはきらんけれどもです、死んだ後にはね、これが本当に(※強調)例えば、あの世というものがあるならば、あの世で少しぐらい、その財産のために、いー、おかげの頂けれる道がもうあるんならば、そういう道ぐらいは探しとかにゃいけない。ね。

 そして、まあ例えて言うならばですよ、例えて言うならば、例えば何億円のこのお金の中の例え一億円でも、ね、合楽の金光様にお供えしますというような言い分ぐらいさせとく必要がありゃあせんだろうか。ね。私はそれを見ながら思うたんですよ。
 思うたらちょうど、私の枕元のあの、家内の(鏡台?)になるとこと、ストーブが置いておるところと畳一枚、あの畳一枚にですね、バーンッちいうてから、畳一枚においさみがあっとるんですよ。ね。
 なぜかと、いかにここ、ここの場合ですね、その天地の働きがあっておるかということ。生きた天地の働きがここにあっておるか。ね。だから、これが例えばほんなら、世界(事情or事業?)やら、(なーん?)天地の働きがないところに、(これがお供えされてこれなに?)ならんわけですよね。名は残るかもしれません、名が残ったって御霊様には関係なかですよ。
 それよりも、天地が受けてくださると。ね。もし、そういうことができるとするならです、その魂がね、それこそ、何十年の間、いわば(業を継ぐがご?)と言われるほどの生活をしてきておっても、最後のそのことによってです、もしそれができるとするならば、魂が清まることがでけ、魂の、あゆ、あり方っていうか、い、いき、行き場とでもいうか。ね。その魂が救われるだろうと思うたら、そのおいさみですよ。間違いなしにそうだということ。ね。
 ですから、お互いがね、死ぬるまではよく(考える?)(笑)、けれども、死んだ先のことを一遍考えたら、せめて、私は、そういう、いわば、その財産なら財産が生きた働きとして働きをなすことのでけるようなことを考え、そしてそれを信心のない、(ふんな?)そういう人にでも話ぐらいしとかなきゃならん、その責任を、お互いが感じなければいけないと思うんですね。
 生きっとる間お供え(せんのたいむだじゃできん?)。けれども、死んだ先のこと、その財産を、ほんなら、お棺(のて?)入れて持って行くわけにはいかん。しかも、それは誰にやる、やり手もない。それこそ、宙に浮くわけでもなかろうけれども、それが果たしてどれくらい、なら、しゃかる、社会を明るくしたり、ね、いわば魂の清まることのためにですね、そのお役に立つかということになると、それを知らなかったらそれすらができない。 だから、それを知らせておくぐらいは、私は必要じゃなかろうかということを思うわけなんです。

 最近私、は、ここでお取次さして頂く中に、最近実感しますことは、もう人間関係の難しさですね。第一、親子の問題なんか、ね、姑と嫁のとの問題、ね、兄弟の争い、ね、家主と(かなこ?)、いわゆ家主と、貸主と借主とのいわゆるトラブル。ぅうん。
 もうそれがですもー、最近私ここでお取次ともう、もん、深刻なその、おー問題なんですよね。ふつう夫が(きかせて?)頂きます。ぅぅぅん。ところがです、ね、ところが私はあのー、そういう様々な様相というかね、人間関係の様相というものを、ここでお取次さして頂きながら思うことはですね、どれをいうても、これをいうても、おかげの頂きすぎですよ。その問題の原因というのは。おかげの頂きすぎが、そのトラブルの原因にはっていることです。ね。
 だから、そこんところが、ちょっと開けたらですね、問題は問題ではなくなってくる、よしそれが問題であってもです、その問題は、例えば食物は人の命のために与えてくださるように、そういう難儀を私どもの心の清まりのために、心、魂の、いわば輝きのために、ね、そういう問題はあるんだと分かったら、もう問題じゃなくなってくるんです。そして、おかげの頂きすぎが、こういうことになっておることにすら気がつかしてもらうのです。ね。
 だから、せめて私どもが信心さして頂くのでございますからです、ね、カーテンを閉めっきりにしておって、真っ暗い心であるなんて、こんなバカげた話はないじゃないですか。ね。(薬?)でも飲むくらいですよ、カーテン閉めきっていった。ね。ちょっと開ければ明るうなるものをです、その心のカーテンを開こうとしない。ね。そこに問題がある、難儀がある。
 「神の綱が切れたというが」、ね、そういう、な、なるほど、ね、話を例えば、信心をぬきにして聞けば、深刻な難儀な問題だなあと、こう思うけれども、うん、それを難儀な問題にしておる時には、もう神の綱が切れたと思うておる時ですよ。ね。「神からは切らん」と仰せられるのに、自分から、神様から手を離しておるような時ですよ、暗い心の時。ね。
 そこに、カーテンを開けようとする、心を開く、そこから心を開かせて頂くことをする、そこに、ね、なるほど、「神からは切らん」と教えられるわけが分かる。神様にはこういう、頑丈な綱にですね、すがってさえおればです、安心である、大じょうぶである、というおかげが受けられるのに、心のカーテンを閉めきってしまっておる。
 いや、それを、食物は人の生命のためにと頂かなければならないのを、ね、むしろ、その食物を命を害するために頂くようなことをしておる、ようにです、この問題をもって、ね、より清まらなければならない、より明るくならなければならない、よりにこやかにならなければならない、その問題をです、ね、かえってその問題を、いよいよ心を暗くすることに使ってしまっておる。食物、いわゆる暴飲暴食のようなものなんです。
 ただ、それを、ね、魂の清まり、魂の助かることのために、ね、よりおかげの受けられることには使わないで、ただ、心を暗くしたり、難儀な問題としてだけに考えておる。むしろその難儀な問題をですね、そういう自分の心を開いてから受けようとするのではなくて、その暗い中から、ね、ただ出よう出ようとしておる。ね。
 その暗い中に、明かりを入れようとはせずに、暗い中から外へ出よう、外へ出ようとしておる。そういうことで、出られるはずがない。

 私はね、「神の綱が切れたというが、神からは切らん」と、一番初めに申しましたことは、ね、例えばこれをその、そのままに頂く。これだけおすがりさせて頂いたのに、おかげ頂ききらなかった、もうほんとに神も仏もないものかというて、信心をやめていくような人は、もういよいよ、神から手を切られるどこじゃない、自分が切って去っていくようなもん。ね。
 けれども、なら信心は例えばしておっても、それを例えば、「おかげ頂ききらなかったのを、神様のご都合じゃろう」ぐらいな、安易な頂き方をするのは、これもやはり神の綱を切るようなもの。ね。
 甘木のある弟子じゃないけれども、一生懸命すがったというけれども、ね、「一遍でも裸になってすがったことがあるか」というような、一生懸命というのは限りがないのでございますから、ね、これはまだ自分の信心が足りなかったとして、そこを改まって、また前進させて頂くところに、そこからおかげが頂けれる道がある。ね。

 どのように一生(業つき?)な生活をして頂いておってもです、神様とのつながられる道がある。それは、(?)ね、お婆さんの話をした。(?)神様の心とは反対の生き方を例えばしておっても、ギリギリ最後のところにです、ね、死んでいく先のことを一遍考えてみて、もし、死んだ先の魂の安らぎというものを思うてみて、どうすれば、この魂が清まるだろうと(思うし?)、それは、死、死に際にでも、それが分からして頂いて、さっき申しますようなことにでもなっておれば、間違いなしに、魂は、ね、そういう神様とは縁のないような生活をしておっても、そこ神様を頂くことができるおかげがある。
 いつ私達がです、ね、無常の風に誘われるかも分からんけれども、その無常の風に誘われる時、ほんとに神様にお礼を申し上げて、いけれる、ね。いう大往生のおかげでも受けられる。
 死に際にもお願いをし、死に際にもお礼が言えれるような心。ね。そういう心を開かせて頂くということが、究極、信心のギリギリの神の願いであるとするならです、そういう願いを実らせて頂いて、私どもがどこまでもどこまでも、氏子から切るなと仰せられる、あの綱を切らぬ生き方。
 それを、まあ今日は、見やすう、またはたいへん厳しく、ところをお話ししたつもりですけれども、まあどういうことだったでしょうかねー、(だから?)、いろいろ感じられた(?)ね、あって、そこから信心が、あー、新たに展開していくなら有り難いこと。ね。

 年寄りのその(?)昨日の(おことわり?)じゃないですけれども、ね、もういよいよ不愉快なことを聞いた、いやな、いやなことだというようなことを聞いた時でも、そういう時にです、これはやっぱり、いよいよ若い者に愛される自分にならなければならないな、ということを思わせて頂くような生き方。
 「今んやつは、もうどげなこってん言う。年寄りをバカにして」(など?)というような頂き方ではなくてです、ほんなこと(それどこ?)じゃなかろう、ね、若い者に厄介者になっちゃならん、とたださみしいことを考えるだけではなくてです、考えてはならない。
 それに、いよいよ若い者に愛される、そんなら、若い者におべっかを使うといったような人間というのではなくて、いよいよ神様に愛される心を使うていくことが、若い者だけではない、皆に愛される生き方が、そこにあるということ。
 どこどこまでも、神様におすがりしての生き方。そういう生き方になっていく時、はじめて、えー、神様とのつながりというものを、をー、感じていくことができるだろうと、こう思うのです。ね。
 神様との、おー、つながりをです、私どもが切っていないようであっても、そりゃ信心はやめなくても、ね、切っておるような場合があるということ。そこにはもう、真っ暗い世界だけしかない、信心しておっても。
 人間関係の、その、なるほど、その様相のむずか、様相をですね、見る時にです、難しさを感じますけれども、そういう真っ暗いと思われるような中にあってもです、それをよくよく思うてみると、おかげの頂きすぎ。ね。

 カーテンを閉めきった中に、私達がおって、どうしてこんなに暗い思いをしなければならんだろうかという、ね、カーテンを開く音はしない、ね。カーテンを開くところから、自分の心を開かしてもらうところから、そこから明るい光が差し込んでくるおかげを求めての信心。ね。そういう信心を一つ、あのー身に付けていきたいと思いますね。どうぞ。